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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1437号 判決 1972年9月18日

控訴人

岡善商工株式会社

代理人

松岡浩

被控訴人

藤原正意

外一名

代理人

佐々木良明

外一名

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、各自控訴人に対し、金三三六万三、九九四円及びこれに対する昭和四四年七月五日から支払済に至るまで年五分の金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審を通じこれを四分し、その一を控訴人の負担とし、その三を被控訴人らの連帯負負担とする。

5  この判決第二項は、控訴人において金一〇〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

一、請求原因一、及び二、記載の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、右認定のような地位にあつて、訴外会社の業務を主宰する被控訴人らは、訴外会社が控訴人にあて本件各約束手形を振り出し、また売買代金債務を負担した際、その支払期日に右各債務を支払う能力がないことを知つていたかどうか、もし、これを知らなかつたとすれば、それについて重大な過失があつたかどうか、について判断する。

1請求原因三、(一)記載の事実、訴外会社が昭和四二年一月当時純損失六八〇万円を生じていた事実及び訴外会社は同年七月六日の倒産当時合計二千数百万円の債務を負担し、会社資産によつて、その五パーセントに相当する額を弁済した事実は、いずれも当事者間に争いがない。右争いのない事実に<証拠>を合せ考えると、次のとおり認められ、右各尋問の結果のうち、左記認定に反する部分はいずれも措信せず、他にこの認定に反する証拠はない。

(一)  訴外会社は、昭和二六年に設立された給配水衛生暖房設備工事等を業とする会社であるが、昭和三八年頃訴外安田観光株式会社から八丈島のロイヤルホテルの給配水給湯暖房設備工事を請負い、これを完成したが、同訴外会社が倒産したため、昭和三九年度において、請負代金約九、〇〇〇万円のうち二、一七二万一、一八二円の貸倒れを生じ、また、その頃訴外野村興業株式会社に対する六九〇万円の債権も貸倒れとなつたため、経営上大きな打撃を受けた。そこで、被控訴人らは、その頃、被控訴人正意の妻の所有する土地を他に売却し、その代金の一部を訴外会社の営業資金にまわし、また、昭和三九年四月頃には、売掛代金請求の訴を提起していた債権者の一人と、被控訴人正意所有の建物に抵当権を設定したうえ、分割弁済を約する裁判上の和解をする等して窮況を切り抜けたが、前記各未収金はその後も回収されるに至らなかつた。

(二)  この経験に鑑み、被控訴人らは訴外会社の仕事の受注量を平均化し、資金ぐりの安定をはかるため、その頃、訴外中衛工業株式会社東京支店と交渉のすえ、同会社の下請となり、恒常的に一定の仕事を確保する手段を講じ、全仕事量の大半を、同会社からの仕事に依存するに至つたが、前記貸倒れの影響は深刻であつて、営業状態は好転するに至らなかつた。

(三)  訴外会社は、その取引金融機関である訴外城南信用金庫に、定期預金を担保に一、二〇〇万円の手形取引の枠を有していたほか、昭和四一年三月頃には、被控訴人正意所有の土地を担保に供して、同金庫から六〇〇万円を借り受けた。

被控訴人らは、このようにして資金の面からも努力を重ねたが、営業の不振を挽回することはできず、昭和四二年一月三一日現在の決算においては、前示回収不能の未収金を資産として計上してもなお、六八〇万円の純損失を生ずる状況にあつた。

(四)  しかも、昭和四二年二、三月頃からは、一般的な不況のため受注も減少し(もつとも、中衛工業からの分については特段の変化はない。)、また金融も梗塞して来たため、訴外会社の経営はいよいよ悪化し、振出手形の決済資金に事欠くに至つた。そこで、被控訴人らは工事代金の取立に全力を挙げる一方、その頃前記金庫に対し融資の申込みをすると共に、同年四、五月頃からは、取引先に対して、手形の支払期日を延期してくれるよう懇請したが、いずれもその成果をあげえぬうちに、同年七月六日不渡手形を出して倒産した。そうして、当時訴外会社は二千数百万円の債務を負担していたが、その五パーセントに相当する額を弁済するに足る資産しか有していなかつた。

(五)  一方、控訴人は、水道、衛生ポンプ工事材料の販売問屋であつたが、昭和三九年四月二一日倒産し、同年五月二九日商法に基づき会社整理開始決定がなされ、訴外秋山道雄(同人は現在控訴会社の代表取締役である。)が管理人に選任されて、その業務及び財産の管理が命ぜられていたところ、たまたま、秋山が前記中衛工業株式会社東京支店長と知り合いであつたところから、同支店長の紹介で、昭和四〇年五、六月頃訴外会社を知り、同年七月頃から訴外会社に前記工事材料を納入するに至つた。

右取引開始にあたり、秋山は、前記(一)のような事情から訴外会社の営業状態がかんばしくないことは知つていたが、控訴人も整理再建のためには取引をしなければならない状況にあり、且つ、前記のように確実と思われる紹介者があつたことに信頼して取引にふみ切つたものであつた。(ちなみに、訴外会社との取引は、その後控訴人の営業のかなりの部分を占めるに至つた。)そうして、右の取引の支払条件については、控訴会社の社員と被控訴人喜久雄との折衝の結果、訴外会社と中衛工業株式会社の取引条件は毎月一五日締切り習月一五日支払(約束手形及び現金による。)であるので、控訴人との間においては、これを五日ずらし、毎月二〇日締切り、翌月二〇日に満期四、五か月後の約束手形で支払うことと定められた。

このようにして、控訴人と訴外会社の取引は、昭和四二年六月まで続けられ、同年六月に支払期日の到来する手形までは支払がなされたが、訴外会社の倒産のため、その余の前記認定の約束手形及び売掛代金については、後記四、1認定の金員を除き、いずれも支払がなされなかつた。

2右(一)ないし(四)認定の事実によつて、訴外会社の営業状態を考えてみるのに、訴外会社は、右(一)認定の貸倒れにより決定的な打撃をうけ、その後被控訴人らの右(二)、(三)認定のような経営上の努力にもかかわらず、業績を回復することができず、かえつて、昭和四一年末から昭和四二年当初にかけて、経営は悪化の一途をたどり、同年三月頃以後において、右(四)認定の事情もあつて、逆に破綻に陥つたものと認められる。

ところで、右(五)に認定したところから明らかなとおり、本件各約束手形は、訴外会社がその営業のため、控訴人から購入した材料代金を支払うため振り出されたものであり、また前記一認定の本件売掛代金も、右の材料代金であることが明らかである。そうして、訴外会社において、右一、認定のような地位にある被控訴人らが、右のような取引をして、訴外会社として、手形債務ないし売掛代金債務を負担するにあたつては、その支払の見込みないし支払資金の目途をたてたうえで、これをするのが当然であり、まして訴外会社が以上認定のような状態にあるにおいては、なおさらのことであるしかし、右に認定したところからすると、被控訴人らは、右のとおり訴外会社の破綻が目前に迫つた昭和四二年三、四月頃に至つて、ようやく、取引金融機関に融資の申込をし、又、取引先に対して手形期日の延期を懇請したに止まり、そのほか、右認定のとおり、経営の悪化が顕著となつた、同年の初頃において、訴外会社の営業の遂行について予じめ十分な見透しを持ち、確固とした方針をたてていたものとは認め難いのである。しかも、被控訴人喜久雄は、原審における本人尋問において、右融資の申込について供述しているが、何を担保としていくらを借受ける所存であつたのか必ずしも明らかではなく、更に、すでに認定したとおり、被控訴人正意及びその妻の所有の不動産は、当時既に売却ないし担保に供されていたことを考えると、右の申込が果してどれだけ実現の可能性があつたものか疑わしい。また、取引先に対して、手形期日の延期を求めるのは、まさに窮余の策であつて、成否の不確実な手段といわざるを得ない。従つて、被控訴人らが、とつた右の手段そのものも、経営努力という面からみて、いずれも適切なものとは認め難いものである。

このようにみてくると、訴外会社の経営の悪化が顕著となつた昭和四二年一月以降において、被控訴人らが、右のように会社の経営について確たる見透しと方針を持たぬまま、控訴人と従前のとおり取引を継続し、支払の見込みないし支払資金の目途も十分でないまま、前記のとおりの手形債務及び売掛代金債務を負担するに至つたのは、軽率極まりないところであつて、被控訴人らは、少くとも右各手形の振出と売掛代金債務の負担について重大な過失があるといわなければならない。ことに、同年四、五月頃以降において、被控訴人らは、一方において、見込みのうすい融資の申込や、取引先に対する手形期日の延期の要請という適切とは考えられない手段に一縷の望を託しながら、他方において控訴人とは従前のとおり取引をして、手形を振り出し、また代金債務を負担したものであるから、この点だけからしても、被控訴人らは、原判決添付別紙手形目録3ないし5記載の各手形の振出及び前示売掛代金の負担については、重過失の責を免がれないものである。

三、してみれば、被控訴人らは、いずれも訴外会社の取締役として、その業務を執行するについて、重大な過失があつたものであるから、商法第二六六条ノ三の規定により、控訴人に対し、連帯してその被つた損害を賠償する責任がある。

四、そこで、損害の額について判断する。

1右一、認定のとおり、控訴人において、その所持する訴外会社振出の本件各約束手形の支払を拒絶され、また、前述売掛代金の支払を得られなかつたことによつて、控訴人は右手形金合計額及び売掛代金額と同額の損害を被つたことになるが、控訴人が訴外会社からその後二二万九六八四円の支払を受け、これを右売買代金債権の一部の支払に充当したことは、控訴人の自認するところであるから、結局、控訴人の損害は、手形金総額四三五万三、二九一円と右売掛代金残額一万〇、七〇三円の合計四三六万三、九九四円となるわけである。

2ところで、右二、1、(五)の認定によると、控訴人は、訴外中衛工業株式会社東京支店長の紹介により訴外会社を知り、人外会社の営業状態にかんばしくない点のあることはわかつていたが、控訴人も再建整理のためには、取引をする必要があつたので、右の紹介を信頼して訴外会社と取引を開始したことが明らかである。このこと自体は、当時控訴人が普通の会社であれば、特に非難すべきことではないが、当時控訴人は会社整理の過程にあつて、会社の業務及び財産の管理が命ぜられていたのであるから、この命令の執行にあたる管理人としては、右のようにして始まつた訴外会社との取引の結果のいかんは、単に控訴人の利益に影響するのみでなく、控訴人の債権者の利害に重大な関係のあることに思いを致し、訴外会社との取引により控訴人が不測の損失を被ることのないよう、特に、訴外会社の営業状態等を常に十分注意して、取引の継続をはかる義務があるものというべきである。まして、右(五)認定のように、訴外会社との取引は、控訴人の営業の相当部分を占るに至つているにおいては、なおさらのことであろう。ところが、前示控訴人代表者の尋問の結果によつても、右の管理人であつた訴外秋山道雄ないし控訴会社の職員において、特に右の点について十分な注意と監視をはらうことを怠らなかつた事績を認めるに足らず、他にこれを認めるに足る証拠はない。してみれば、控訴人が、このように、特段の配慮をしないままで、既に認定したように経営不振の状態にある訴外会社と、昭和四二年六月まで取引を継続したことは、不注意であつたとのそしりを免がれないところである。

3そこで、この控訴人の過失を斟酌して、被控訴人らに対する控訴人の損害賠償の額を判断するのに、当裁判所は、その額は三三六万三、九九四円を以て相当であると認める。

五、叙上のとおりであるから、控訴人の請求は、被控訴人らに対し連帯して右損害三三六万三、九九四円の賠償と、これに対する右損害発生の後であり、かつ訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな、昭和四四年七月五日から支払済に至るまで民事法定利率年五分(なお、本件損害賠償債務は、どのような意味においても、商行為により生じたものとはいえないから、商事法定利率による請求は失当である。)の金員の支払をもとめる限度において理由があるから、これを認容すべく、その余は失当として棄却すべきものである。

従つて、これと趣旨を異にし、控訴人の請求を全部排斥した原判決は不当であるから、民訴法第三八六条によりこれを取り消し、なお、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(白石健三 岡松行雄 川上泉)

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